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星野リゾート代表の星野佳路氏による特別講義

日本工学院のITカレッジ情報ビジネス科ホテルコースは、2021年4月より星野リゾートと教育連携して講師派遣、教育の共同開発、インターンシップの実施や就職サポートを行っています。

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2021年12月20日
蒲田校

星野リゾート代表の星野佳路氏による特別講義

[ITカレッジ情報ビジネス科ホテルコース特別講義]
「旅の楽しさをつくるテクノロジー~AIに負けないあなたのセンス~」

これからの観光人材に求められるのは
AIが苦手な「よい塩梅」をつくる力

星野リゾート代表の星野佳路氏

日本工学院のITカレッジ情報ビジネス科ホテルコースは、2021年4月より星野リゾートと教育連携して講師派遣、教育の共同開発、インターンシップの実施や就職サポートを行っています。その一環として、2021年10月15日に星野リゾート代表の星野佳路氏によるITカレッジ情報ビジネス科ホテルコース特別講義「旅の楽しさをつくるテクノロジー~AIに負けないあなたのセンス~」が行われました。


運を引き寄せる力が
ビジネスや人生を成功に導く

こんにちは、星野です。今日は少し駆け足の講義になりますが、よろしくお願いします。

私は91年に実家である温泉旅館の後継者になりました。当時はバブル崩壊で大変な時期でした。この様な大変な時期には、今後10~20年間にわたって、この会社をどうやって存続していくのかという戦略的思考が重要になります。

私たちは所有と開発を捨てて、運営に特化するという大胆な戦略に打って出ました。不動産であるホテル、リゾート、旅館を所有せずに運営だけをやらせていただいて、オーナーや投資家などから運用のフィーをいただくというビジネスモデルです。所有権がないかわりに借金もありません。実力さえあれば、多くのオーナーから運営を任せていただけます。

過去20年間に世界では様々な危機がありました。そのたびにホテルや不動産を所有するオーナーや投資家は実力のある会社に運営を任せたいと考えてきました。私たちは危機に際して運営案件を増やすことができたのです。今回のコロナ禍においても案件は増えると考えています。

運営施設数と取扱高

星野リゾートのビジネスにおいて、私たちはスピリチュアルな部分を大事にしてきました。私が引き継いだ星野温泉旅館を2003年に壊したとき、神社の神主さんに来ていただいて、社員スタッフ一同が今までの御礼を申し上げるという神事を執り行いました。

ビジネスが成功するには、さまざまな要素が大事です。みなさんの人生・キャリアにおいても実力や能力、よい就職先などが大事かもしれません。実は、そこに運が関わっています。いま最新のビジネスの研究では、運とビジネスの関係を解き明かそうとしています。どうしたら運のいい人になれるか。運のいい会社になれるか。海外では、運というのは降ってくるものではなくて、自分でつくるものだという考え方があります。7 Ways to Help Attract More Luck for Your Business=運を引き寄せる7つの方法というタイトルの論文が発表されてビジネスの世界で話題になっているほどです。これから運とビジネスについて、みなさんに考えてもらうためのお話しをします。

星野温泉旅館を壊した後に、新しい「星のや」を建設しました。フラッグシップである「星のや」ブランド第一号です。当時の開業準備室のメンバーとして頑張ってくれたのが遠藤麻由さんです。いま、遠藤さんが日本工学院専門学校で教鞭をとっていると知ったことから、今日こうした機会をいただくまでに関係が発展してきました。まだ星野リゾートが田舎の無名企業だった時に、入社して現場で実力を培い、開業時にはスタッフの研修を担当してくれました。開業前夜にも再び神事を行い、神様に祈りながら事業をスタートしました。

その後、星野リゾートは「リゾナーレ」、「界」、「OMO」、「BEB」など、さまざまなブランドを展開し、日本全国で51施設、海外に4施設を数えます。現在もコロナ禍で困っている多くのオーナーや経営者の方から、私たちに運営を任せていただく施設があり、今後、それぞれのブランドで開業する予定です。

これだけの規模になっても、私たちは開業時の神事を欠かしません。日本の各地には、土地の氏神様がいらっしゃいます。大阪の新今宮で着工したときには、近くの氏神様をお祀りしている神社の神主さんに来ていただきました。これもチームの結束力を高め、地域の方々にご理解いただく、さらに運を呼び込むために大事な活動だと思っています。

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事前期待と体験のバランスが
高い顧客満足度につながる

リゾート、ホテル、温泉旅館において、一番大事な要素は何なのか。それはカスタマーサティスファクション(CS)=顧客満足度です。売上や利益が生まれるのは、顧客満足を十分に満たしている状態があるからにほかなりません。

ITの時代、ネットの時代になって、満足をもたらさない商品は短期間のうちに消えていきます。顧客満足度が低いと、翌日にはネット上に不満があふれる時代だからです。

顧客満足度とは何か?それは体験です。顧客が旅館、ホテル、リゾート、またはみなさんがこれから関わるサービスに触れたときに満足を感じるか、感じないか。

体験がダイレクトに満足度につながるというわけでもありません。全く同じ体験をしても、満足度の数値が変わることがあります。それは、事前情報に差があるからです。満足度というのは事前期待にマッチしたときに高くなります。事前期待に合わないと同じ体験をしても不満を感じるのです。

では、満足度を上げるには、どうすればいいか。もちろんお客様の体験を良くすることが大切です。しかし、もう一つ方法があります。それは、事前期待をコントロールすることです。事前期待を超える体験をしたときに、顧客満足度は跳ね上がりますので、嫌な言い方ですが、顧客満足度を上げるには、事前期待を下げておけばいいということでもあります。

しかし問題は、事前期待を下げると予約が入ってこなくなることです。「食事がまずい」「部屋が寒い」「雨漏りする」という事前期待で美味しい食事が出てくれば、顧客満足度は跳ね上がるでしょう。ところが、そんな事前期待で予約する人は誰もいないため、結局売上は上がりません。

では、どうすればいいか。予約が入るくらいに事前期待を上げておいて、それを超えて行かなければいけない。それが私たちのビジネスの難しさです。いま顧客満足度は、すぐにSNSで世界中に広がって、それが次の予約件数に反映します。
私は、下の図のような構造がホテル、旅館、リゾートの経営の全てだと考えています。

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顧客満足度を高められれば、リピーターも、良い口コミも、新しいお客さまも増えます。また、予約が増えれば部屋の数は一定数のため、価格が上がります。コストは増えていないので利益率が上がって経営にとってはいいことです。

でも価格が上がれば、事前期待も上がります。こんなに高いんだから、きっとおいしい料理が出るはずだと思うからです。価格が上がって、体験よりも事前期待が高まると、顧客満足度が低下してSNSで広まり、予約が減ってしまうという循環が起こります。非常に単純な構造ですが、このバランスをはかるのがとても難しい。

私たちが100%コントロールできるのは、事前情報に大きな影響を与える体験・コンテンツです。ラフティング体験ができますとか、ヤンバルクイナを観察できるといったコンテンツがあるなら行ってみようと予約に繋がり、高い顧客満足度を提供できます。

こうした体験を進化させることで予約を増やそうとする際に大切なのは、顧客満足度を知ることです。だから、私は社員たちに顧客満足度の情報を提供しています。ここは神頼みではなく、ITが関与する重要な部分です。

私たちは顧客全員に全40項目のアンケートに答えてもらうため努力しています。20%から30%の回答率がないと統計的に有意な数字にならないからです。そして、全てのスタッフが自分の施設と他の施設を比べながら顧客満足度を把握できる仕組みをつくりました。オンラインで顧客にアンケートを届けて返信してもらい、自動集計して分析可能なツールとして全社員に提供する。それは、社員が自分で確認して、考えて、発想して、主体的に行動できる環境を整えるためです。ITを活用してより速く、より簡単に、より安く顧客満足度を「見える化」して、4000人近くの社員に常時提供し、コンテンツ作りに繋げています。

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ITに頼らない発想と想像力から
魅力あるコンテンツが生まれる

次に、顧客満足度の高いコンテンツの例をいくつか紹介します。

奥入瀬渓流ホテルは渓流沿いに建っている人気のホテルですが、渓流の魅力だけではリピートが増えないことや特定の季節にしか集客できないといった課題を抱えていました。ホテルのスタッフがどうすれば年間を通じて集客して顧客満足度を高められるかを考えた結果、コケを見せるというコンテンツが大ヒットしたのです。

旭川で実施している「スーパーマーケットレンジャー」は、地元のスーパーに面白いもの探すツアーを組んでスタッフが案内するというコンテンツです。また、同じ旭川で有名店のラーメンを3分の1の量で食べ歩きできる「はしごラーメンツアーを」行っています。

「界タビ20’s」は、20代の方々に日本の伝統的な温泉旅館を体験していただく旅です。いま温泉旅館のユーザーは60代、70代が中心です。20年後、30年後の旅行市場を担う若い世代にアプローチするために立ち上げました。来年のプランを発表したところ、一晩で完売したので、20代の方々に興味を持っていただける内容と価格帯が良い循環になっていると思います。

ここで、顧客満足度を下げないために工夫した例を紹介しましょう。「星のや富士」は最も美しく富士山が見える場所に建つリゾートホテルですが、この美しい景色をアピールするには一つ問題がありました。事前期待の通りに富士山が見えない曇りや雨の日が年間3分の1に達してしまうのです。

顧客満足度を下げないために、私たちは「星のや富士」を企画設計の段階から、富士山の写真を出すべきではないと判断しました。施設の売りをグランピングにして、富士山には一切触れなかったのです。

事前情報にない体験ができることから、現地で富士山の見える機会が増える冬の時期には、顧客満足度が高くなります。一年に200日は富士山が見えることで、高い顧客満足度を維持して好循環が生まれる。ITに頼らず、自分たちで戦略を考えることが大事なのです。

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コンテンツづくりとは逆にIT依存が高まっている部分もあります。1990年代後半にWEBが普及して、各ホテルがホームページを作ると、お客様が直接予約してくださるようになりました。これからは旅行代理店も広告も必要ない、WEBの時代だと喜んだら楽天や一休といったオンライン・トラベル・エージェント(OTAs)が割り込んできました。

さらにYahoo!やGoogleにバナー広告を出さなければ顧客に情報が伝わらないという状況になり、私たちが90年代に夢見た顧客とダイレクトに繋がるという時代は遠のいてしまいます。

その後、海外からブッキングやエクスペディアが参入して、さらにメタサーチエンジンのカヤックやトリバゴが登場して混迷を極めているのが旅行業界を取り巻くITの現状です。

そうしたなかで、私たちは複雑な予約プロセスには関わらずに、予約した後の世界においてITを使ったイノベーションをテーマにしています。なぜなら、予約した顧客と接点をもてることが、私たちの最大の強みだからです。予約をしてくださった顧客に対して、それぞれの目的に合わせた最適なプランをオンライン上で提案する。それがアップセルとクロスセルです。

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じゃらん、楽天、カヤックなどがとってきた予約にプラスして売上を上げる策をITにより達成していく仕組み作りを始めています。

もう一つ重要なのがSNSですが、コントロールしにくい部分です。そこで、これから私たちは世界のホテル業界で誰もやっていないことに踏み出そうとしています。

4000人近くの社員一人ひとりの地域へのこだわり、地域の魅力の理解と想像力。それらをSNSで活用できれば、社員と会社の新しいコラボレーションになります。社員はそれぞれSNSのアカウントを持っていて、全国各地に住んで働くなかで、仕事に関係なく自分のために情報を発信しています。

ところが、ホテルを含む大半の会社は社員が業務においてSNSで情報発信することを禁じています。それはマイナス情報の拡散や炎上といったリスクを防ぐためです。星野リゾートはそこから踏み出すためのテストを始めています。社員が自分が暮らす地域の良さを情報発信して、そこから星野リゾートのホームページにアクセスして予約してくれたら、ITでトラックして発信元の社員に報酬を与える仕組みです。いま社内で検討中ですが、そこに踏み出さないと4000人近くの社員の想像力を収益につなげられないと考えています。

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ITで成果を上げるために必要なのは
最前線で顧客と体験を共有すること

では、最後に5つのポイントをお話しして講義の結びにしたいと思います。

(1)ITは戦略遂行に欠かせない多くの要素の1つであり、1つでしかない。

これまで聞いていただいたように、ITは戦略の遂行に欠かせない要素の一つになっています。でも、それは一部に過ぎません。私がみなさんにお伝えしたいのは、ITを理解していれば食っていけるというのは誤解だということです。

(2)AIは、我々が生きている間は、我々を超えることはできない。

どんなにAIが進化しても、みなさんの想像力や発想力を超えられないと断言できます。だからAIが進化しようとする分野の仕事ではなく、AIが最も苦手としている方向に自分の能力を伸ばすべきだと思います。それは観光人材でいえば、現地で発想することです。地域の魅力を考える、新しい料理を考える、新しい観光の在り方を考える。全てのサービスにおいて、AIが苦手な、「よい塩梅」を作る能力を磨いてほしいと思います。AIが苦手とする分野に特化した人が高い報酬を得るようになるでしょう。そこを見極めて、AIが苦手なルートを歩むのを選択肢の一つにしてください。

(3)信じるべきは、自らの戦略的思考力である。
(4)リアルビジネスの最前線の体験が思考力を高める。
(5)戦略的思考こそが運を呼び込む!!

最戦線で顧客と接して、顧客の体験に一緒に参加し、怒っている顧客の声を聞き、喜んでいる顧客と共感する。こういう体験がなければ、ITを使って新しいことを生み出せません。みなさんに、まずやってほしいのは、すべてのサービス産業、すべての仕事において、リアルビジネスの最前線の思考力を高めることです。そうした活動と発想が、みなさん一人ひとりのビジネス運を呼び込むことに繋がると考えています。

それを体現して、ここまでキャリアを歩んでくれたのが遠藤麻由さんであり、星野リゾートの人材育成が貢献しているのではないかと考えています。

では、改めてITより神事、神頼みが大事だということで、私の話を終えたいと思います。今年の年末年始はぜひ神社にお参りしてください。それがみなさんに運を呼び込む第一歩になると思います。

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学生との質疑応答

Q 私の地元が茨城県で魅力度ランキング7年連続最下位なので、活性化するための手段としてホテルを考えています。既存の「BEB」以外にホテルを建てる予定があれば、お教えてください。

茨城県の問題点は東京に近すぎて泊まる理由がないことです。
私たちは運営会社なので、オーナーから任せたいという依頼があれば、お応えします。

Q 予約の数が増えると価格が上昇し事前の期待が高まってバランスをコントロールするのが難しいとお話しされていました。値段を決定する際に、近隣のホテルを参考にするのか、独自の分析結果を用いるのか教えてください。

ホテルやリゾートはそれぞれ違うので、近隣にあっても競合するとは限らない。ハワイの競合が沖縄だったりします。ホテル自体のバランスをとって、いい循環をいかに止めないようにするかが大事なことです。

Q 星野リゾートの教科書に「サービスは差別化できない」とありましたが、どこで差別化をはかって、そのためには私たちはどんなスキルが必要なのか教えてください。

競合とは違うサービスをつくることは重要ですが、それはまねされやすい。
まねしにくい、参入障壁の高いポイントをつくる。または進化するスピードです。私たちがトマムの雲海テラスで大成功したら、競合のスキー場はみんなまねしました。でも私たちはスピードを重視して大型化し、競合に対して優位なコスト構造をつくっています。顧客に選んでいただけるサービスをつくるだけではなく、いかに収益率の高めるかということも差別化のポイントです。

Q コロナ禍のなかで最も苦労したのは、どんなことでしょうか。

私たちは所有しない会社なので、コロナで痛んだのは不動産リスクを負うオーナーの方々なんです。マーケットが順調であれば、誰が運営してもうまくいきます。でも、コロナ禍でオーナーや投資家たちが運営のうまい会社に任せないとまずいことに気付きはじめました。それが私たちの新しい仕事として入ってきています。業績が悪くて赤字の案件を、どう立て直すかを考えるのが一番苦労していることです。

Q AIが暮らしに普及するなかで、星野リゾートがAIを活用するとしたら、どのように使うのでしょうか。

今日お話ししたように、AIは私たちの能力を超えられません。
でも得意な分野においてはすごいスピードで進化していきます。一番得意なのは将棋とチェスです。ルールが決まっている中で何万通りもの指し手を一瞬で解析できる。逆に一番苦手なのは雪かきのように、「よい塩梅」を探すことです。明確に勝ち負けがわかるものと違って、どこまで雪をかくべきかを判断するのは難しい。
みなさんにとって大事なのは、AIが苦手とする分野を得意にすることです。私たちがAIを活用する例としては、スタッフが顧客に会った瞬間に画像認識で誰かを認識して、蓄積しているデータから素早く情報を提供することです。その情報があれば、スタッフは発想できるし、考えられるし、行動できます。
私は、社員が活躍するために必要な情報を速く提供するのがAIの役割だと思っています。その情報でよいサービスを発想して自ら動いて提供することを人間が得意としなければいけない。それがこれからの観光人材に必要な資質だと思います。AIといいチームワークを組むことが大切です。

学生との質疑応答

星野リゾート代表
星野 佳路(ほしの よしはる)氏
1960年、長野県軽井沢町生まれ。1983年、慶應義塾大学経済学部卒業。米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。1991年、星野温泉(現在の星野リゾート)社長に就任。所有と運営を一体とする日本の観光産業でいち早く運営特化戦略をとり、運営サービスを提供するビジネスモデルへ転換。 2013年には、日本で初めて観光に特化した不動産投資信託(リート)を立ち上げ、星野リゾート・リートとして東京証券取引所に上場させた。

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