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映画『胸が鳴るのは君のせい』公開記念 髙橋洋人監督特別講義

日本工学院放送芸術科OBの髙橋洋人氏が初めて監督した映画『胸が鳴るのは君のせい』の公開を記念して、日本工学院専門学校で特別講義が行われました。

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映画監督としてデビューできたのは出会いに恵まれたから。人との出会いを大切に、そして準備を怠らずに。

2021年07月14日
蒲田校
髙橋洋人監督

日本工学院放送芸術科OBの髙橋洋人氏が初めて映画監督をした映画『胸が鳴るのは君のせい』の公開を記念して、6月7日(月)に日本工学院専門学校(蒲田校)で、6月12日(土)に日本工学院八王子専門学校で特別講義が行われました。蒲田校特別講義では、髙橋監督と親交のある藤原知之先生(映画・ドラマ演出家。2021年4月から放送芸術科講師)が進行役を担当しました。

第一部 『胸が鳴るのは君のせい』制作秘話・舞台裏

人が死なない、超能力も出てこない物語で、
ごく普通の高校生の心情を描く難しさ。

講演風景_髙橋洋人監督

まず、髙橋監督がこの映画を監督することになった経緯を聞かせてください。

この映画は少女マンガが原作です。『L・DK』などのヒット作を手がけられているプロデューサー木村元子さんと脚本家の横田理恵さんが4年前から映画化の準備を進めていました。企画はすでに決まっていて、今回は若手の監督を起用しようということになり、僕に声がかかったというわけです。

髙橋監督が合流された段階で、脚本やキャスティングはどれくらい進んでいましたか。

僕が初めて手にした脚本は第12稿でした。それだけ改稿を重ねていると、完成度が高くて面白く仕上がっていたので、そこからは撮影に向けて細かい部分を調整しただけです。原作の紺野先生からのご意見もあり、マンガは中学3年生の話ですが、映画では高校3年生に設定を変えています。

キャスティングについては、有馬隼人役の浮所飛貴くんとヒロインの篠原つかさ役の白石聖さんは、ほぼ決まっていました。その他の出演者の方はまだこれからといった段階だったので、僕からも何人か候補を出しました。ヒロインのライバルになる長谷部麻友は特に重要な役なので、オーディションをしましたが、ちょうど新型コロナウイルス感染症による緊急事態宣言中だったので、リモートでオーディションを行って選びました。麻友を演じた原菜乃華さんは出演者の中で一番年下ですが、とてもいいお芝居をしてくれたので、苦労してオーディションをしたかいがあったと思っています。

講演風景_髙橋洋人監督

企画、脚本、監督とキャスティングが決まった後は何をしましたか。

まず考えたのはカメラマンです。僕はドラマの経験はありますが、映画を撮るのは初めてなので、いつも現場で一緒にやっているカメラマンの中で画作りに信頼ができて映画に慣れている方にお願いしました。その後はイメージに合わせて照明、音声、美術、衣裳、メイクなど主要スタッフをプロデューサーと相談しながら決めていきました。コロナウイルスの影響で動けなかったため、スタッフが合流できたのは撮影開始の1カ月前です。

ロケハンも制約が多くて大変だったと思います。撮影にあたって工夫したことはありますか。

規模の大きな映画なので、ロケ地での撮影から美術、小道具など細かい部分までスタッフに説明して共有してもらうのは大変な作業です。映画の脚本では原作マンガの流れを変えているところも多いので、助監督や美術スタッフはこのシーンは何巻の何ページ参照というフセンを貼って衣裳や美術のすり合わせをしました。いま講義を聞いているみなさんも、これから現場で経験すると思います。原作ファンの方が観たときに喜んでもらえるように、マンガに描かれているTシャツやクッション、ヒロインのつかさちゃんのスマホケースや学園祭の被り物など細かいところまで完コピにはこだわりましたね。原作や脚本になかったオリジナルな要素として、浮所くんの大先輩であるTOKIOの城島茂さんに印象的な風紀の先生として出演してもらいました。短いシーンですが、映画の起爆剤として効果を発揮できたと思っています。

監督として苦労したのはどんなことですか。

この映画で一番難しかったのは、ストーリーの中で大きな事件が起こらないことです。人が死ぬこともないし、超能力も出てきません。ごく普通の高校3年生の男女の心情を描かなければならないという、オジサンの僕にはものすごく難しい課題に挑戦しなければいけない。脚本に相関図を書き込んで、この状況だったら、この子の感情がどう動くのかを考えながら演出していました。もちろん脚本の順番通りに撮影が進むわけではありません。今回が映画初主演の浮所くんをはじめとする若い役者さんたちの演技をシーンに合わせてコントロールするのは大変でしたが、それも監督の大切な役目なんです。

第二部 日本工学院の学生から映画初監督までの道のり

どんな仕事でも全力で挑戦して
必ず何かを学ぶように心がけていました。

講演風景_髙橋洋人監督

日本工学院の在学中はどんな学生だったのか教えてください。

日本工学院では放送芸術科制作コースで学びました。ドラマをつくりたくて映像の世界をめざしましたが、カメラや照明といった技術的な仕事ではなく、ぼんやりと監督やディレクターになれたらいいなという感じでした。授業で印象に残っているのは、ドラマ制作などの実習です。実習で学んだことは現場の作業そのままだったので、すごく役に立ちました。コントの脚本を書いたことや、学園祭の時にロビーから生中継をしたのも楽しかったですね。当時の仲間たちとは今でも繋がっていて、近況を伝えあったりしています。

オフィスクレッシェンドに入社したきっかけについて教えてください。

当時の担任だった国重雅彦先生が、ドラマをやりたいなら知っている会社があるからと紹介してくださったのがオフィスクレッシェンドでした。番組を収録していたスタジオに行き、プロデューサーの方にごあいさつをして面接していただきましたが、翌日から研修期間として撮影のお手伝いをすることになりました。今回、映画監督としてデビューしたことを国重先生にご報告したかったのですが、亡くなられてしまったので本当に残念です。

講演風景_日本工学院

講師になって日本工学院のすごさを感じたのは、業界への入り口という点で圧倒的に有利なことです。私は普通の大学出身なので何も業界の情報がなくて苦労しました。髙橋監督は入社してから、どのような仕事を経験しましたか。

研修期間が終わってからはAD(アシスタントディレクター)としてクイズ番組やバラエティの現場を担当しました。撮影して編集して音を整えてという番組作りの流れを学びながら、精神的にも鍛えられましたね。この現場は面白くないと感じることもありましたが、どんな現場でも学ぶべきことはあります。なぜ面白くないのか、どうすれば面白くなるのかを考えることも勉強だと思っていました。

ADからディレクターになって、初めて任されたのが『演技者。』という小劇場の舞台作品をTVドラマ化するという番組です。このドラマは全4話+特別篇という形で色々な作品を放送していくのですが、僕が担当したのはメイキングとダイジェストで構成された特別篇でした。あれだけドラマが作りたかったのに、特別篇とはいえ実際に番組を作ると本当に難しい。いきなりガケから突き落とされた感じで、泣きながらつくっていた記憶があります。

さまざまな経験を積む中で転機になったのは、堤幸彦監督の『SPEC(スペック)』というドラマでメイキングと予告編を担当したことです。堤監督の撮り方やキャラクターづくりから多くを学びました。『SPEC(スペック)』のスピンオフドラマではタイトルバックを任せてもらって、スチールのカメラマンと都内を回って何千枚もの写真を撮ってつくりました。前作の『ケイゾク』から続く作品世界を反映しなければならないので、責任重大でしたね。最近では配信ドラマ「SPECサーガ黎明篇『Knockin’on 冷泉’s SPEC Door』」で2話、3話の監督をやらせていただきました。

『SPEC(スペック)』のタイトルバックはとてもスタイリッシュな映像で、今回撮った映画とは全くテイストが違います。映画監督には、それくらい引き出しの多さが要求されるのでしょうか。

監督の仕事に限りませんが、いろいろな経験をすることが必要だと思います。僕はたくさんの作品のメイキングを手がける中で、堤監督のほかにも三池崇史監督や廣木隆一監督など日本を代表する監督さんたちの現場を経験することができました。少女マンガ原作の『ストロボ・エッジ』や『青空エール』に関わったことも、今回の作品に繋がっています。

講演風景_日本工学院

髙橋監督は、助監督を経験せずに映画監督デビューを果たしました。監督として第一歩を踏み出すきっかけは何だったのでしょうか。

僕が映画監督になれたのは、堤監督との出会いがあったからです。『SPEC(スペック)』のメイキングを依頼されたときに全力でやってみようと挑戦した結果、堤監督が気に入ってくださって、次の作品にも声をかけてくださいました。国重先生や堤監督に出会って色々な道が開けたと思います。だから、日本工学院の先生方はもちろん、現場で出会った監督やスタッフの方々との出会いを大事にして、積極的に話を聞くようにしてください。ドラマや映画を観るときには、スタッフのクレジットに注意して、おもしろい、教わりたいと思える人を見つけてください。僕も監督としてこれから多くを学びながら作品を撮り続けます。いつか現場で、みなさんとお会いできる日を楽しみにしています。

スペシャルインタビュー

特別講義を終えたばかりの髙橋洋人監督に、限られた時間の中で伝え切れなかった映画に対する想いや日本工学院の後輩へのメッセージを語っていただきました。

インタビュー風景_髙橋洋人監督

突然のチャンスを確実につかむために準備を怠らず、
気合と根性を養ってください。

監督として、日本工学院の後輩たちに映画のここを観てほしいというポイントはどこですか。

つかさが最初に隼人に告白するシーンです。人物の心の動きは画として見えにくいんだけど、そこに作品の根幹があって、つかさの想いが物語を引っ張っていくから。もう一つは終盤のキャンプファイヤーのシーン。もともと雨の設定ではなかったのですが、どうしても天気予報の雨マークが変わらなかったので、撮影の2日前に脚本の横田理恵さんにお願いして、天気ごとに3パターンのシーンを考えてもらったんです。当日は本当に雨が降っている中で撮影することになりましたが、濡れた地面に炎が反射して、結果的にとてもいい画が撮れました。

映画監督という仕事の面白さについて教えてください。

大勢のスタッフと一つのものを丁寧に作り上げていくことですね。映画は時間や手間のかけ方がTVドラマとは違います。僕が初めて受け取った脚本は12稿でしたが、TVドラマはだいたい3稿くらいで決定稿になることが多いように思います。その制作期間4年という準備期間に込められた思いを監督として表現しなくてはいけない。だから、僕のやりたいことだけを優先しないように配慮しました。それでも、作品として完成した映画の中には、僕自身のカラーが反映されていると思います。迷ったり悩んだりしたこともありましたが、この達成感の大きさが映画監督の醍醐味ですね。

インタビュー風景_髙橋洋人監督

次回はどのような作品を撮りたいと考えていますか。

もう一度、王道の青春恋愛映画を撮ってみたいと考えています。この映画の仕上げ作業をしながら感じたのは、ピュアな純愛ものほど難しいものはないということです。映像はもちろん、音の付け方一つで印象が変わってしまう繊細で深い世界。僕が映像の仕事をめざした原体験は小学校の頃に観ていたトレンディドラマと呼ばれる恋愛ドラマに衝撃を受けたことにあります。だから、今回の作品を監督したのは、1周回って原点回帰したといえるのかもしれません。映画を観た10代や20代の人たちが胸が鳴っているのを感じて、笑って前を向いていけるポジティブな作品を撮りたいですね。

映画監督をめざす後輩のみなさんにメッセージをお願いします。

この業界に入るなら、気合と根性は絶対に必要です。今は僕たちの頃ほど厳しくありませんが、バラエティもドラマも現場が戦場であることは変わりません。下積み時代は体力で乗り切れますが、ポジションが上になると、考え、判断することをより求められます。どんな仕事でも同じで、明日から仕事を任せると、いついわれてもいいように準備を怠らないでいる必要があります。ただ現場の仕事をこなすだけでなく、自分だったらこうすると常に考えるように心がけてください。突然、思いがけないチャンスが訪れたときに、やってやるぞ!という気合と根性がなければ逃してしまいます。

テクノロジーの進化とともに映像制作の世界も大きく変わってきています。誰でもスマホで動画を撮影してCGと合成できるようになりました。でも、だからこそプロとしての仕事の質が問われるのです。これからは映画やTV以外にも映像のフィールドが広がっていきます。できるだけたくさんの人と出会い、その繋がりを大切にしながら夢に向かって進み続けてください。

インタビュー風景_髙橋洋人監督

髙橋洋人監督

髙橋洋人監督 プロフィール

1979年生まれ。神奈川県出身。
日本工学院クリエイターズカレッジ放送芸術科を卒業後、株式会社オフィスクレッシェンドに入社。TVドラマやバラエティ番組のディレクターを務めながら、映画のメイキングや予告編の制作を担当。2021年6月に初映画監督作品『胸が鳴るのはきみのせい』公開。

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