日本工学院ITカレッジのAIシステム科では、IT業界の第一線で実績を重ねている企業エグゼクティブの方を講師にお招きして、キャリアデザイン講座を行っています。2021年9月9日には、トランスコスモス株式会社副社長の向井宏之氏に「テクノロジーが社会を変える」というテーマでお話ししていただきました。緊急事態宣言によりオンライン開催となった講座には170名を超える学生が参加。向井氏の問いかけや学生からの質問を交えた、双方向のライブ感あふれる講座となりました。
トランスコスモス副社長の向井です。まず、簡単に自己紹介をします。私は広島県の尾道出身で、1歳半のときに東京に移り住みました。
1997年、早稲田大学の理工学部を卒業しましたが、前年のオイルショックの影響で就職は苦労しました。理工学部では、研究室とパイプのある企業へ毎年決まった人数の学生が就職しますが、その年は採用人数が例年の3分の1から4分の1だったからです。私は総合商社を志望しましたが全て落ちてしまい、2次募集をしていたIBMへ入社しました。
1998年にパリのヨーロッパ本社へ赴任したのですが、本来IBMはアメリカの企業なので社内のエリートはニューヨークに異動します。当時の社長にヨーロッパのマネジメントスタイルを学んでほしいと説得されて承知したのですが、フランスで働いたことはいい経験になりました。
2005年に800人の社員とIBMから転籍してレノボの初代社長になり、2年間の契約終了後にトランスコスモスに移って現職に至ります。
今日、みなさんにお話しするテーマは「テクノロジーがどれだけ社会を変えていくか」です。既存のビジネスのスキームを変え、世界を変革してきたテクノロジーについて、さまざまな事例を紹介しますので、グローバルなビジネスのトレンドを感じ取ってください。
その次にグローバルに活躍できる人材になるためのポイントについてお話しします。これからIT業界をめざすみなさんには、グローバルなものの見方が必要だからです。世界を変えるために重要なのは、ナンバーワンよりもオンリーワンのテクノロジーとアイデアです。日本の中だけでなく、広く海外に目を向けなければイノベーションにより新たな価値を創造することはできません。
では、「テクノロジーがどれだけ社会を変えていくか」について、いくつかの映像を見ながらお話ししたいと思います。
これは、Corning社がつくった、家や学校の課外授業、医療現場などさまざまなシーンで、透明なガラスやテーブル、壁がデバイスになってコミュニケーションする近未来の暮らしの映像です。
コミュニケーションのスピードが進化すると、社会も大きく変わります。かつてはのろし(ビーコン)をあげて情報を遠くへ伝えていました。紀元前14世紀頃、モーゼの時代になるとパピルスという紙がメディアになります。画期的に進化したのは18世紀の産業革命の時で、新聞により情報の伝達範囲は1対1から1対数万、数百万へと大きく広がりました。近年のデジタル化においても、1Gから5Gになって4万倍を超える速度を実現して、モバイルコミュニケーションの高速化が、さまざまな要素技術の実用化を促しています。
要素技術をつかったSF映画「トランセンデンス」では、AIを活用したシーン、35年前の映画「ロボコップ」では画像認証技術を使ったシーンがでてきます。SF映画では未来を予想した様々な世界が描かれていることが多いです。
日本ではフードデリバリーサービスとして有名ですが、本来は一般の人が自家用車で空き時間に人を乗せるライドシェアの配車アプリで成長した会社です。料金は自動的に決済され、運転手のスコア(評価)を確認して安心して利用できることがポイントです。あるデータによれば、日本で所有されている車の稼働率は3%しかないといわれています。日本では規制があるため利用できませんが、Uberは空いているものを使いたい人にマッチングさせるテクノロジーの会社なのです。
日本でも民泊が流行ったので、知っている人も多いでしょう。旅行者が自分の目的に合わせて、宿泊する場所を選べるサービスです。日本ではリスク面の議論が先行していますが、海外では広く普及しています。
暮らしの中のストック不足を解消するAmazonのダッシュボタンですが、まだ日本では利用されていません。私はアマゾンも小売りではなくテクノロジーの会社として見ています。
少し前のデータになりますが、2016年の業種ごとの世界ナンバーワン企業を見てみましょう。世界の広告業界のトップは少し前に社名をメタに変えたフェイスブックです。映画はYouTube、タクシーはUber、ホテルはAirbnbになっています。小売りについては、アメリカの流通大手ウォルマートがAlibabaに抜かれました。当時としてはショッキングなデータです。現在は圧倒的にAmazonがトップになっています。
これらの会社に共通しているものは何だかわかりますか?
それは、ものづくりをしていないということ。インターネットでプラットフォームを提供して、テクノロジーを使ったマネタイズモデルで収益を上げている。ものづくりをすると、自分たちが製造したものに縛られてしまいます。私が就職活動で総合商社を志望したのは、自社でものを作らずに世界中からいいものを仕入れて売ることに魅力を感じたからです。
テクノロジーで社会を変えるために重要なポイントが3つあります。
まず、どんな社会を実現したいかという願望と強い意志です。規制や障害を乗り越なければ、進歩できません。
二つ目は、自分たちだけでイノベーションを達成しようとせずに、世界に目を向けてその分野に強いところと手を組むことです。
三つ目は、テクノロジーに対するガバナンスを効かせることです。幅広いステイクホルダーに、技術の価値をチェックしてもらう必要があります。便利な技術により失われてしまうものや、リスクを高める可能性について配慮しなくてはなりません。
ここでトランスコスモスのプロモーションビデオを見てください。
トランスコスモスの30年前のサービスメニューの中で、いま残っているのは2つしかありません。創業から現在まで55年の間に、事業は大きく変化しています。売上高約3,500億円のうち約800億円を海外事業が占めています。
みなさんの先輩方も20名近く働いていて、エンジニア系だけでなく幅広い分野で活躍しています。インターン制度があるので、ビデオを見て興味を持った人は、ぜひ参加してください。
では、ここからはGlobal Talent、世界に通じる人材をテーマに、みなさんに質問しながら話を進めていきます。
まず、自分が優秀だと思う人は手を挙げてください。
やっぱり一人もいませんね。
では、このデータを見てください。日本の高校生で自分が優秀だと答えた人が4.3%なのに対して、アメリカは58.3%。約6割が自分は優秀だと手を上げます。優秀だと思っていない人は2%しかいません。アメリカほどではありませんが、中国も韓国も自分を優秀だと思っている人が日本よりかなり多いことがわかります。
日本人の自己肯定感が低いのは、テストの成績を重要にしているからです。日本以外の国の高校生は、テニスがうまいとか、ギターがうまいといったオンリーワンの才能を評価しています。頭がいいとか、勉強ができるということは、人を評価する最大のファクターではありません。こうした日本と海外の感覚の違いを知ることも大切なことです。たとえば、「沈黙は金なり」ということわざがありますが、国際会議では通用しません。その場にいる意味がなくなってしまいます。
次に、1週間にどれくらい勉強しているかを聞きたいと思います。学校の授業を除いて、毎日2時間くらい予習復習するとして週に10時間勉強している人は手を挙げてください?
数人いますね。世界のデータを見てみましょう。日本の大学生は10人に1人が全く勉強していません。アメリカは6割が11時間以上勉強します。社会人になったら仕事のための勉強はできますが、学問を探求する時間はありません。今からでもしっかり勉強するようにしてください。
では日本人の英語力について質問します。アジア31カ国のTOEFL-iBT国別ランキングで日本は何位だと思いますか?
1位がシンガポール、2位はインド、3位パキスタン、韓国が6位に入っています。中国が20位で日本は26位。中学から大学まで10年くらい英語を学んでいるはずなのに、この順位です。ある程度話せるレベルの英語力を身に付けて、最低限のコミュニケーションができないといけません。
私が考える世界に通じる人材に必要な資質とは、まずCommunication Ability(コミュニケーション力)です。二番目に重要なのがFairness(公正)。次にLeadership(リーダーシップ)とAbility(技量)を持っていること。次がDecider(決定)。なかなか決められないのは日本人の弱いところなので注意してください。また、日本人は人種や異文化の違いについて理解が浅いのでUnderstand the Differences(違いを理解すること)。そしてChallenge Spirits(チャレンジ精神)です。
では、ここで私からのプレゼントです。世界に通じる人材になるために私が考えた4つのEと3つのSを、みなさんに伝えておきます。
4つのEはEnergy(気力)、Enthusiasm≒Passion(熱意 情熱)、Edge(激しさ・鋭さ)、Execute(実行力)です。
3つのSはSpeed(速さ)とSimple≒Straight(最短・まっすぐ・ダイレクトに物をいう)。
そしてSmile(笑顔)です。日本人は笑顔が少なくて、相手に感情が伝わらないので気を付けてください。
私がお話ししたいのは以上です。ここからは、みなさんからの質問に答えるツーウェイの講義を進めます。
Q 向井さんがどのような方法でコミュニケ―ション能力を高めたか教えてください。
コミュニケーション能力を高める方法は2つあります。まず、ものおじせずに人と話して場数を踏むことです。2つ目は専門のスクールやプログラムで学ぶことです。アイコンタクトや間の取り方など、話すテクニックを身に付けることも効果があります。
Q 日本の謙遜という文化は自信がないこととは違うと思うのですが、グローバルにおいては不必要なのでしょうか。
チームワークを作るうえでは必要だと思う。みんながリーダーになりたがったら、チームがまとまらないし、ぶつかり合うだけでは成果が出ません。自己主張とのバランスを取りながら、謙虚というマインドも大事にするべきです。
Q 学生時代に学んだことで社会に出てから生きたことは何ですか
これはよく聞かれる質問ですが、自分の専攻分野はあまり役に立ちませんでした。でも、そこで得た仲間たちは財産になっています。もう一つよく聞かれるのが、どうすれば社長になれますかという質問ですが、どんなに実力があっても社長のポジションは一つですから、運も大きく左右します。将来どんな道に進んでも、学んだことは無駄にならないのでしっかり勉強してください。
Q 社長として効率よく人を動かすためにはどうすればいいのでしょうか。
私は自分で何かを作ってきたわけではなく、ずっとマネジメントをしてきました。その経験から言うと、社長は会社を良くできません。会社を良くするのは、一人ひとりの社員ですね。だから大切なのは、社員がめざすべき方向を決定して、働きやすい環境を整えることです。
Q 学生のうちに起業することをどう思いますか。
とてもいいことだと思うので、2つだけアドバイスをします。まず、どうやってマネタイズするかが重要だということ。どんなにいいものや技術でも、収益が上げられなければ事業として成立しません。2つ目は常に最新のテクノロジーにアンテナを張っておくことです。もちろん世界にも目を向けるべきなので、ネットワークを作っておくべきでしょう。
まだ質問したい人がいるようですが、残念ながら時間がきてしまいました。出席した人は感想や意見など何でもいいのでコメントをください。追加の質問にも答えます。では、本日はありがとうございました。
【向井 宏之 氏 経歴】
盛況のうちに終了した向井氏の講義は、アンケートの結果も有意義だった意見が大半を占めました。
以下、アンケートの抜粋をご紹介します。「世界で成長している企業の共通点や日本人の足りないところを聞いて勉強になりました」「自分の視野を広げられ大変勉強になりました。海外から見た日本の在り方など様々な事が分かりました。ありがとうございました」「これから社会人として働く上でとても参考になるお話でした。貴重なお話ありがとうございました」「仕事をする上でのコミュニケーションの重要性を感じました」など。
AIシステム科の企業エグゼクティブのキャリアデザイン講義は、今後も継続していきます。
企画担当教員 日本工学院八王子専門学校ITカレッジAIシステム科
教員&担任 薮 潤二郎
◎日本工学院AIシステム科
https://www.neec.ac.jp/department/it/aisystem/