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経済産業省認定のスーパークリエイター 登 大遊氏 特別講義

特別講義のテーマは「コンピュータ、セキュリティ、ネットワークのおもしろ技術習得・研究開発方法」。日本がICT先進国になるために足りないものは何か?そして、これから社会に出ていく学生にめざしてほしい「超正統派」について、破天荒なエピソードを交えながら語ってくださいました。

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経済産業省認定のスーパークリエイター 登 大遊氏 特別講義

2022年04月27日
蒲田校

「超正統派」のICT人材になるために
自由な環境でけしからんものを作れ!

登 大遊氏 特別講義

日本工学院のITカレッジは「卒業制作月間2022若きつくりびとフェス」のイベントとして、3月4日に登 大遊氏の特別講義を開催しました。登氏は大学在学中にベンチャー起業し、独立行政法人情報処理推進機構 (IPA)およびNTT東日本に籍を置きながら筑波大学の客員教授に就任するなど、官民学の枠を超えてICTの最前線で活躍する経済産業省認定のスーパークリエイターです。特別講義のテーマは「コンピュータ、セキュリティ、ネットワークのおもしろ技術習得・研究開発方法」。日本がICT先進国になるために足りないものは何か?そして、これから社会に出ていく学生にめざしてほしい「超正統派」について、破天荒なエピソードを交えながら語ってくださいました。

「インチキ」
既存の確立されたプロ向けの手法ではなく、創意工夫を凝らして、新しいやり方でやってみること。(= イノベーション)

「けしからん」
価値があるものが生まれるには、ほどよく新しい絶妙な工夫が必要。それを“けしからん工夫”や“けしからんいたずら”と呼ぶ。


ぐちゃぐちゃのおもしろ実験室で作る
けしからんシステムで社会に貢献する

ぐちゃぐちゃのおもしろ実験室で作るけしからんシステムで社会に貢献する

みなさんが学んでいるプログラミングやOS、ソフトウェア、アプリケーションといった技術はとても複雑で、それらを身につけるために難しい勉強をするのは嫌だなと思うこともあるでしょう。でも、嫌だなと思っていたら難しい分野を学べないので、今日はコンピュータ、ネットワーク、セキュリティの技術を、どうすればおもろいなと楽しみながら自然に習得できるのか?という話をしたいと思います。

けしからんPPT1

いま、日本のICT業界において大きな課題になっているのはOSやクラウド、通信、セキュリティなどの新しい技術を作る人材がほとんどいないことです。アメリカのマイクロソフトやグーグル、アマゾン、アップル、シスコ、ジュニパーネットワークスのような企業には、社会に変革をもたらすプラットフォームやビジネスモデルを生み出す人材がたくさんいます。最近は中国にも増えてきました。日本の産業や経済、政治、安全保障や国際競争力といった国家的な問題を解決するためにも、新しい技術を開発する力を持ったICT人材を育成しなければなりません。

けしからんPPT2

しかし、難しいOSやセキュリティの勉強をがむしゃらにやっても、分厚い専門書を何百冊と読んでも、そうした力は身につきません。それはなぜか。重要なのは座学ではなく、自分がいろんなことを試して、おもろい体験をすることだからです。コンピュータやネットワークのいいところは、大規模な設備投資をしなくても寄せ集めの機材でおもしろ実験室を作れば、いろんなことができること。私もそうやって大学1年のときに自作したのがSoftEther VPNというファイアウォールを突き抜けて通信できるVPNソフトウェアです。

開発した当初はけしからんソフトだということで配布停止にしろと経済産業省にいわれましたが、その3年後には性能と使いやすさを高く評価され経済産業大臣表彰を受賞しました。訳がわかりません。現在はオープンソースになっていて、世界中に500万人のユーザーがいます。

これを拡張したのが「シン・テレワークシステム」で20万ユーザーが利用しています。さらに、コロナ禍でテレワーク難民の危機に直面した自治体職員の方々のために「自治体テレワークシステム for LGWAN」を開発しました。これは真面目で立派な行政システムに見えますが、その裏はとてもインチキなシステムになっています。一般的にシステムは落ちたらダメなので回線を冗長化して24時間365日業者さんに保守してもらおうとします。でも、それでは楽しくない。我々は冗長化していないスリル満点のインチキな回線で7万人の自治体職員の方々をつないでいますが、これは意外にも落ちません。冗長化はソフトウェアで行うため、その部分にバグがあると冗長化しているシステムのほうがダウンする確率が高くなることがあります。我々のインチキはこれにとどまらず、サーバを不安定な場所に積み重ねて設置するなど、やってはいけないことをIPAの中にある遊び部屋でぐちゃぐちゃとやっています。

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実はこのぐちゃぐちゃが大切で、まともなコンピューティングだと設計図や計画書の通りにやらないといけないため、何の面白さもありません。我々が積み上げたサーバはいつ崩れてくるかわからないし、サイバーセキュリティセンターの中にあるにも関わらず、ことごとくルールに反しています。監査でルールを守っていないといわれますが、ルールは一般ユーザーのためのもので、それを超えたものを一から作ろうとしている我々が守るものではありません。我々はルールを守れと要求してくる人たちを「正統派」と呼んでいます。ルールを守らずに超えている我々は「超正統派」です。監査で真面目な「正統派」の人たちがインチキな我々「超正統派」の領土に入ってこないように廊下に怪しい水槽や祭壇、ムンクの絵でバリケードを築いて侵入を防いだりしています。そうしているうちに、ユーザーが増えて「あのシステムはいいものだ」と評価が変わってきます。面白いことに、はじめからルールを守っていてはこのシステムはつくれません。

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自由に遊び、いたずらできる環境が
イノベーションの原動力になる

最近の日本の大きな問題は、学校や会社でコンピュータの実験をする環境が不自由になっていることです。我々のインチキな遊び部屋には、IPAにサーバを置けば自由に遊べるという噂を耳にした、全国の先生や学生から宅配便でサーバが届きます。これは本来おかしな話で、大学のネットワークは自由な場所でなければいけません。いま私がIPAとNTT東日本で進めているのは、日本中のさまざまな組織の人たちが使えるような巨大なネットワークとコンピュータ置き場を作って、みんなで共有するための取り組みです。 

日本の企業は鉄鋼、自動車、化学、繊維、半導体といった分野ではトップクラスの技術を持っているのに、コンピュータに分野では遅れをとっています。それは、システムソフトウエアについて試行錯誤することを禁止しているからです。では、クラウドにおけるグーグル、アマゾン、マイクロソフト、通信におけるシスコ、ジェニパー、ファーウェイのように新しいものを作るにはどうすればいいか。足りないのは、会社の中で自由に遊び、試行錯誤できる環境です。

企業は制御できないカオスを嫌って、ゼロリスクを求めます。でも、新しいことに挑戦しないゼロリスクはカオスと同様に100%破綻する運命にあります。破綻を避けて事業を継続させるためには、真ん中の中庸をめざしてアンオフィシャルに絶妙ないたずらをすることです。ICTの世界で成功している企業は、それがイノベーションの原動力になっています。いくつか例を紹介しましょう。

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ICTの世界で成功している企業が行った「けしからんいたずら」

AT&T
1969年にUNIXを生み出したのは、トンプソン氏ほか数名の社員がゲームを作って仕事中に遊んでいたからです。会社にコンピュータを撤去されそうになった彼らは、ゲームを別のコンピュータに移植するために移植性のあるOSとプログラミング言語をインチキ開発しました。これがUNIXとC言語です。会社の指示ではなく、自分たちが遊ぶためのものでした。

IBM
IBMもインチキ企業で、かつてWindowsの前身であるOS/2の動作速度が遅いという苦情に応えようとしましたが、うまくいきませんでした。そこで、名前だけOS/2ワープという速そうなものに変えたのです。悪ノリして「ワープといえば、スター・トレックだろう」とばかりに、権利を持つパラマウント社に無許可で映画の商標やキャラクターを使いトラブルになりました。

CA Technologies
コンピュータ・アソシエイツ社が販売したBASICコンパイラ製品のCA Realizerには、オマケとして500以上の音声ファイルがついてきますが、その中身はおならやげっぷ、おしっこ、しゃっくりと書いてあるので、みんな笑いながら面白がって購入しました。コンピュータ業界では真面目なことだけやっていてはダメで、半分くらいはインチキなことをしないと続きません。

Apple
超正統派の王様がスティーブ・ジョブズ氏です。アップル創業時には電話をタダでかける違法なコンピュータのハッキング装置を作って売っていました。それが後にアップルコンピュータ開発につながります。

Google
グーグルが初期に構築したサーバも秋葉原で売ってるようなジャンク品の寄せ集めで、いつ壊れるかわからないものを大量に並べていました。しかし、ひとつ壊れても自動的に他に処理が移って影響しないのがすごいところです。

日本の企業だったら、サンマイクロシステムズのコンピュータを買って、しっかり保守してもらうでしょう。でも、グーグルやアマゾンやマイクロソフトは違う。コンピュータはジャンク品や中古でもいいかわりに、ソフトウェアがすごいんです。1台壊れても大丈夫なプログラムを自分たちで作って、サンのコンピュータを使う100分の1のコストでシステムを組んでしまいます。自分たちの手で作るのは非常に重要なことで、そうした仕組みを外販したのがAWS(アマゾンウエブサービス)です。

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幅広い学問領域に興味を持って
試行錯誤から新しいものを生み出そう

プログラミングは複雑に積み重なった要素が並行して動作しているため、1カ所でも矛盾があると全てが崩れてしまいます。それを防ぐにはプログラムをきれいに書く必要があり、アメリカや中国にはプログラムを書く能力が高い人が大勢います。でも、日本との本質的な差はそこではありません。有史以来、人類が積み上げてきた学問領域の中でコンピュータ関連の知識が占めるのは1%ほどでしょう。残りの99%は工学や政治、経済、法律といった全く違う学問領域で何千年もの歴史があります。これらの学問を紐解いてみると、コンピュータにおけるメモリやスレッド、プロセス、スタック、仮想メモリといった抽象技術と同じ概念を持つものに出会います。もともとコンピュータは、他の学問領域を参考にして発展しました。優秀なICT人材は興味の幅が広いので、コンピュータのプログラムで困ったときに、他の学問領域からヒントとなる概念を見出せるのです。ひたすらにコンピュータの分野だけ勉強していても、解決策は思いつきません。学習時間の3割ほどを使って、幅広い学問を学ぶことは大きな財産になります。

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複雑なICTを生み出すプロセスでは、頭の中で複数の要素を組み合わせて思考することが必要です。しかし、組織では途中で正統派の偉い人から説明を求められます。説明しようと言語化した瞬間に頭脳の中の重ね合わせ状態が消失してしまうため、新たな価値を創造する機会が損なわれてしまうのです。これは大きな問題だと思います。

けしからんPPT6

我々は在学中に自由に試行錯誤できる環境を自分たちの力で手に入れ、拡張しながら遊び続けてきました。そこで作ったインチキなネットワークを2012年に中国政府のグレートファイアウォールが遮断したため、これはけしからんということで分散型中継VPNサーバを置いて、中国全土12億人のITユーザーの通信を一時的に掌握して論文を書いたこともあります。キャンパスの池にアヒルボートを浮かべたり、ハムスターの動画中継を行ったり、光ファイバーを敷くために潜り込んだ地下道で見つけたNTTの光ファイバーをたどって初台のNTT東日本本社を訪問したことがきっかけで水戸、渋谷、銀座、池袋、大手町など各地の電話局にラックを置いて通信機器を利用できるようになりました。

その後、2020年4月にNTT東日本に入社した直後に緊急事態宣言になったことから「シン・テレワークシステム」を開発しました。これは8,000円くらいで売っているRaspberry Pi(ラズベリーパイ)ひとつで何百ユーザーものセッションをさばけるようにC言語で書いたローコストでインチキな自作システムですが24万人が利用しています。ここまで聞くと、いつの間にかインチキきな方が正統に見えてきませんか。従来の日本企業のように、間違いのないハードを調達してシステムを外注する方がインチキで、我々こそが正統ではないかと思います。

日本の1990年代にはけったいなものがたくさんあって、みんなが遊んでいました。自分が使うわけでもないのに違法コピーしたソフトをFTPで転送したり、バックドアを仕込んだり、WinnyやWinMX、Napsterなどのファイル交換ソフトが大流行した時代です。やがてそれらがiTunesやGoogleに化けていきました。

いま2020年代になり、30年にわたって世界のIT業界を支えてきた人たちがリタイヤする時期が来ています。我々は超正統派として90年代のIT業界に起きたムーブメントを現代版にアップデートしなければなりません。みなさんもぜひ、インチキでけしからんものを生み出してください。

質疑応答

Q インチキないたずらで無意味に終わってしまう場合と、そうでない場合の違いを教えてください。
目的が単にいたずらをすることだったら、無意味なものになるでしょう。従来の方法と違う新しいことをやろうと考えてやるなら、価値の高いものを生み出す可能性が高いと思います。自分のうっぷんを晴らすためではなく、みんなが困っている難しいことを簡単にできる方法につながるいたずらならいいですね。

Q ゼロリスクとカオスの中庸をどうやってとればいいのでしょうか。
このバランスを取るのはとても難しいので、多くの場合は失敗します。リスクコントロールで重要なのは、失敗してカオスに陥った時の損失や痛みを自分で負う状態にあるかどうかです。人の予算や組織で自由にやっていいという条件なら、失敗しても痛みを伴いません。もし、自分がリスクを負う責任を有するなら、懸命に方法や手段を考えるでしょう。その差が成否を分けます。

Q 以前、ゲームを開発していたことは、インチキにつながっていますか?
そうですね。もともと「DOOM」や「Quake」に感動して、DirectXで同じようなFPS(First Person Shooter)ゲームを作ろうと思ったんです。ゲームには、そこから得られる面白さがあります。さっき日本のなかでシステムソフトウエアの領域ができる人材は少ないと話しました。でも大規模な分散型ゲームを作っている人たちのなかには、そういう日本ではまれな人材がたくさん集まっているという話を聞きます。クラウドシステムを作っているアメリカ人たちと、すごい3Dゲームを作っている日本人の頭脳で行われている演算は、ほぼ同じだと思います。ゲームプログラミングを極めるということは 他の分野と比べてコンピュータシステムやネットワーク、セキュリティなど全てを極めることに少ないエフォート(努力)で到達できる最良の手段だと思います。

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登 大遊氏

登 大遊氏 プロフィール

企業や自治体等で広く使われているテレワークシステムや、
SoftEther VPN (暗号通信) 技術等を開発しているソフトウェア技術者。
世界中に数百万人のユーザーを有する。

2004 年大学在学中にソフトイーサ株式会社を起業
2017 年から筑波大学産学連携准教授
2018 年から IPA サイバー技術研究室長
2020 年から NTT 東日本本社 特殊局員 (いずれも現役)

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