環境・バイオ科では、現在その業界で働いている先生による「業界研究」の講義を行っています。
今回は、非常勤講師の松井先生による、今の化粧品業界と、化粧品業界に必要とされる人物像についての講義を公開します。化粧品業界をめざす方の参考になれば幸いです。
本題に入る前に、ひとつ質問させてください。これから化粧品業界への就職活動をはじめるにあたって、みなさんの目的は何ですか?
希望する職種に就くことですか?それとも憧れの会社に入ることですか?就職と就社は似ているようで、その意味は大きく違います。30年ほど前までは、最初に就職した会社で定年まで働く終身雇用が当たり前でした。しかし、今はA社に就職して自分の目標が達成できなければB社、C社へと転職していく欧米型が増えています。会社に入ることより、職に就くことを重視する傾向にあるのです。
職と会社のどちらを重視するのかは人によって違います。また、志望した会社に入っても、ずっと同じ仕事を続けられるわけではありません。企業は人材を育成するために、定期的に仕事のローテーションを行います。たとえば、研究職として入社しても、生産現場や営業に異動して何年か過ごした後、再び研究職に戻って他部署の経験を製品開発に活かすわけです。そこまで理解したうえで、どのように仕事と関わっていくのかを考えて、会社と職種を選んでください。
今日の講座は、化粧品業界の仕組みや仕事について理解を深めてもらうためのものです。では、本題に入りましょう。
化粧品業界には、さまざまな会社が関わっています。
化粧品業界関連会社一覧
化粧品業界に関わる会社の中で、みなさんがよく知っているのは、資生堂やコーセーなどの化粧品メーカーで、製造から販売まで全てを行っている製造販売会社です。販売会社は自社では製造しないで、他社で作ったものを自社ブランドとして売っています。この販売会社から製造を受託して、化粧品を作っているのが、製造受託会社(OEMメーカー)です。製造した化粧品は他社のブランドとして流通するので、社名は表に出ませんが、化粧品業界では大きなウエイトを占めています。製造した化粧品を自社のブランドで販売することもありますが、製造受託している顧客と競合関係になってしまうため、難しいところです。小売店は消費者が化粧品を購入する場所ですが、流通形態については後で詳しく説明します。
原料メーカーは、みなさんが実習の化粧品作りで使った原料を作っている会社です。中には、化粧品の原料を専門に扱う会社もあります。化粧品の入れものが容器で、それを包むものを包材と呼びます。ディーラーとは、原料メーカーと容器・包材メーカーの製品を扱う卸や商社のことです。
化粧品は直接肌につけるものなので、その成分や配合量について薬機法*で定められた基準を満たし、刺激やアレルギーが起きないことを確かめなければ製品を販売できません。規模の小さな会社では自社で安全性の評価ができないため、外部に委託することになります。その検査を受託するのが、製品の安全性を確認する安全性試験受託会社と成分分析を専門に行う分析試験受託会社、そして多くの人々が使ってトラブルのないことを検査する使用試験受託会社です。
製品の流通は、物流会社や卸売会社が担っています。その他にも、化粧品のトレンドを調べてマーケティングを行う市場調査会社、製品の知的財産を守る特許・商標事務所など、さまざまな分野の会社が化粧品に関わっています。化粧品業界へ就職するということは、これだけ多彩な会社の中から進路を選ぶことです。広い視野を持って、常に就職か就社か、と自分に問いかけながら選択してください。
*薬機法:医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(旧薬事法)
次に、化粧品業界の流通販売形態についてお話ししましょう。
化粧品業界には、5つの流通システムがあります。
1.制度品流通
化粧品メーカーが契約した小売店や化粧品専門店に、自社系列の販売会社を通じて商品を卸して販売するシステムです。チェーン店制度ともいいます。他の流通がのびるなか、まだ大きな比率を占めている流通ルートです。メーカーはチェーン店に陳列ケースなどの什器や販促用サンプルなどを提供するとともに、商品知識を持った美容部員を派遣します。美容部員の仕事は、お客さまへのカウンセリング販売を行いながら、チェーン店の販売担当者を教育することです。
2.一般流通
化粧品メーカーが卸を通じて小売店に商品を届けて販売する、あらゆる業界で一般的に行われている流通形態です。自社で卸機能を持っているメーカーが小売へ直販することもあります。流通量を増やすためには、メーカーは卸と消費者の両方に向けて商品をアピールしなければなりません。最近はドラッグストアなどでも専門的な知識を持ったスタッフがアドバイスしてくれるようになり、セルフ販売とカウンセリング販売(対面・接客型)の垣根は崩れつつあります。
3.訪問販売流通
販売員が商品を持って消費者の自宅や職場などを訪ね、直接化粧品を販売する流通ルートです。かつてポーラは訪問販売会社として大手に成長しましたが、在宅の専業主婦が減少していることから、複数の販売ルートを持つようになりました。
4.通信販売流通
消費者が化粧品メーカーに直接商品を注文して購入する仕組みです。以前は郵便やFAXが主流でしたが、電話からインターネットへと注文方法が進化しました。女性の社会進出が進んで、買い物を効率よく済ませたいというニーズが高まったことも、通信販売が成長した理由の一つです。
5.業務用流通
理容店や美容室、エステティックサロン、ホテルなどで使用される業務用化粧品の流通ルートです。一般的にはメーカーから代理店を通じて業務店に卸されます。業務用化粧品は一般に売られているものとは違いますが、一部店販品も含まれています。
さまざまな職能に活躍する場がある化粧品販売会社。
化粧品製造販売会社の組織は機能ごとに分かれていて、それぞれ違う職能が必要になります。製品の開発から販売まで、順を追って説明しましょう。
1. 企画・マーケティング
化粧品市場や流通の動き、消費者ニーズ、競合他社商品などを調査・分析し、化粧品の新ブランドや新商品の企画、市場導入戦略や売上計画の立案を行います。商品企画の中心として、社内の部署や社外のデザイナーなどと連携しなければなりません。販売や研究開発など他のセクションの仕事を深く理解する必要があるため、入社してすぐに担当するのは難しい仕事です。私が在籍していた会社では、営業担当の経験者が多数を占めていました。どんな製品を作りたいのかが決まったら、研究開発部門へ依頼します。
2. 研究開発
化粧品の研究開発部門の組織には、有用性物質を評価する基礎研究と、処方を作る製品化研究、生産のための技術開発、製品の安全性をチェックする品質管理があります。それぞれを簡単に説明しましょう。
基礎研究は、in vitro(インビトロ)評価というビーカーの中で有用性をスクリーニング評価する手法と、試験品を皮膚や毛髪などの生体に使用して評価するin vivo(インビボ)評価に分かれています。
企画・マーケティングからの依頼を具体的な形にするのが製品化研究です。しっとりしたクリームにしたい、さっぱりした化粧水にしたい、というやり取りをしながら、製品のイメージを具体化します。
ただ、これは感覚的な表現なので会社ごとに基準が違います。仕事に就いてから、その会社の基準を解釈して共有するようにしましょう。授業や実習では、原料についての理解を深めることが重要です。処方を作るのに、どの成分を使えばいいのか迷うようではいけません。成分の特徴、類似点、相違点をふまえた上で、製品を設計する力を身に付けてほしいと思います。その他にも、容器の素材を決める、特許関連の調査を行うなど、製品化研究の仕事は多岐にわたります。
製品開発において、品質管理が担う安全性・安定性の検証はとても重要です。みなさんが販売店で手にする化粧品に、使用期限が書いていないのはなぜか知っていますか?化粧品は常温で3年間の保証ができれば使用期限を書かなくていいルールになっているからです。使用期限はできるだけ書きたくないので、研究者は3年間の安定性を確保しなければなりません。クリームや乳液は自然に分離するので、3年間安定させるのは至難の業です。機会があれば、実習で3年間クリームの状態を保つ製品を作る実験もやってみたいと考えています。
3. 製造
製造の仕事は、計量と仕込み、仕上げの3つに分かれています。計量は単純なようで難しい仕事です。ビーカーの中で作る実習と違って、スケールが大きいため、ちょっとした手違いが大きな損失につながります。酸化しやすい原料なら、誰かに指示されなくてもフタをして冷暗所に保存する。そんな気配りができれば、頼れる新人として評価されるでしょう。仕込みはバルク(製品)を製造して移送・保管する仕事です。バルクを容器に充填する工程を担うのが仕上げになります。
4. 品質管理
研究開発における品質管理とは異なり、原料や容器包材、製造したバルクなどの品質を管理する仕事です。製品化において重要度の高い仕事のため、知識と経験を備えたベテランが配属されます。トラブルが起こった時に記録を分析し、対処するためです。バルクの異物混入や容器に充填した製品の異常なども、ここでチェックします。
以上が化粧品製造販売会社における主な仕事です。その他にも美容部員や広告宣伝、広報、販売促進、営業、システム開発、法務など、さまざまな仕事がありますが、それはまたの機会に説明しましょう。次に、こうした仕事をする際に、求められる能力についてお話しします。
化粧品業界に限らず、一般的に仕事で必要とされる能力を書き出してみました。上司や先輩と仕事をしていくうえで、以下のようなことがみなさんに求められます。でも、入社してすぐに発揮できる能力ではありません。経験を積んで、少し先に身に付けるように心がけてください。
1.業務遂行能力
2.対人対応・組織対応
3.組織の一員としての行動
4.経営理念・行動規範の理解・遵守
経営理念は採用面接のポイントになるので重視してください。自分がイメージする仕事のスタンスと、会社の掲げている理念がずれていないか確認することが大切です。会社説明会などで、詳しく質問してもいいと思います。求められる能力について、少し堅苦しい言葉が続きましたが、私からのアドバイスとして受け取ってください。
就職活動で工場見学に行く機会があったら、実習で行ってきたことを思い出しながら機械を見てください。実習では数100gくらいの規模で作っていたものを、工場ではトン単位で製造します。だから工場の機器には、大量に作るための工夫が施されているのです。たとえば、乳液を作るときに使う真空乳化装置は二重容器になっていて、みなさんが実習のときにウォーターバスで一生懸命温めた作業は、蒸気によって機械が自動的に行います。実習では泡をたてて失敗した人がいましたが、この機械はそれを防ぐために真空で泡を抜き取り、安定した品質を実現しています。大量生産するときは計量も自動的に行いますが、少量の場合は人が計ることもあります。装置の操作は制御盤で行うので、正確に入力すればミスは起こりません。原料を加温して混ぜて溶解して、異物が混じり込まないように乳化した後で常温に近い状態でお送り出すのが乳化装置の役割です。みなさんがビーカーで行っていることのスケールが大きくなると、状態が変わってくるので、そこに注意するようにしてください。実習でやったことと比べながら見ると、理解を深めることができます。
化粧品業界の仕事をするなら、世界の動きにも目を向けてください。化粧品原料の多くは海外から輸入されています。植物系の原料であれば、多くがヨーロッパ産です。脂肪酸は主にパームヤシから作るため、ほとんどがマレーシア産やインドネシア産で占められており、日本のメーカーは海外との合弁事業でパームヤシを栽培して原料を確保しています。だから、この地域に自然災害が起こると化粧品業界も影響を受けます。たとえば、フィリピンに台風が来てヤシ畑に被害が出ると、パームヤシで代用するため価格が高騰します。インドネシアは地震の多い地域のため、業界の人たちは日々のニュースに敏感です。
また、容器に関連することで世界的な問題になっているのが、マイクロプラスチックです。マイクロプラスチックとは、海洋に流れ込むプラスチックごみが粒子となったもの。海産物を通して人体に取り込まれる危険があるため、ストローやレジ袋など、プラスチック製品の規制が進んでいます。化粧品メーカーも、容器を詰め替え用にする、洗顔料にマイクロビーズを使わないようにするなど、使用量を減らすために努力しなければなりません。
就職活動の前に、こうした予備知識をもって臨んでほしいと思います。これからの化粧品業界はメーカーの海外進出とともにグローバル化が進んでいくでしょう。日頃から国内外のニュースに目を向けて、幅広い分野に関心を持つようにしてください。それが、あなたの成長を促す力になるはずです。
◎環境・バイオ科
https://www.neec.ac.jp/department/technology/biotechnology/
日本工学院専門学校
テクノロジーカレッジ
環境・バイオ科 非常勤講師
松井先生